『石上露子を語る会』ニューズレター[小板橋]に、紙芝居上演の写真と模様が少し載りました。
この会の日のテーマは、『打ち壊し放火殺戮なしに済んだ富田林村の米惑乱記』で、
僕は会の最後に副代表の奥村さんから『富山の米騒動』の紙芝居を上演して欲しいと頼まれたので出講した次第でした。お世話になりました。合掌
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『石上露子を語る会』ニューズレターに載りました
今、制作中の紙芝居
今、描いている紙芝居は『七人(柱)の福の神』という題名の作品である。
‥実は今年の初め、お参りさせて頂いた檀家さんで、「七福神というのは、仏教ですか?神道ですか?それとも中国の道教ですか?‥布袋さんはお坊さんみたいやし、恵比寿さんは神道みたいやし、ごちゃ混ぜですかねぇ‥。まぁクリスマスもするし、除夜の鐘も鳴らすし、初詣りに神社も行く日本的な宗教信仰みたいなものですかね」と聞かれた。
『それもそうや‥な』と思い、一度『七福神』の紙芝居を作ろうと思ったのである。
でも、面白く物語風にしたかったので黒澤明監督の『七人の侍』のような貧しい百姓を助ける神様が集まる話に練り直し作ってみた。七福神の本もたくさん読んだ。地方に取材も行ってみた。
今70パーセントの出来、もうすぐ完成です。お楽しみに。
西本願寺にて、住職退任式
昨日、西本願寺にて『住職退任式』があり、私も出席させて頂き、観念寺住職を無事退任致しました。
26年間、観念寺住職として法務を勤めさせて頂いて来ましたが、『体調を崩してから、ここら当たりが潮時かと‥』と決心して、[住職]職を娘とバトンタッチした次第です。
‥と言いましても、お寺を出るのではなく、これからも『前住職』としてお寺に在り、お勤めや『紙芝居の法話』活動は細々と行うつもりです。
‥で、何卒、これからも『観念寺』とのお付き合いの程よろしくお願い致します。合掌
袋中上人のお寺(檀王法林寺)様の招き猫
名古屋へ行って来ました
紙芝居『袋中上人と沖縄民謡エイサー』(その6最終回)

さぁ、今回で最終回ニャ〜。
それでは、ここで僕の本当の姿をお教えしましょう。
‥実は、僕はただのクロネコじゃないんだよ。
袋中さまの守護神[主夜神(しゅやじん)]という仏様からのお使い(使者)なんだ。
僕はその仏様から「袋中上人を守るように!」という、いわゆるボディガードの役目と、福を招くようにという、『二つのお役目』を命じられたんだよ。
諸説によれば、この事が後の『招き猫』の始まりになったとも言われているんだよ。
そのお陰かはわからないが、袋中さまは87才まで長生きされるんだ。
又、『沖縄民謡エイサー』の完成という大きな(当時の日本)本土との交流(橋渡し)も出来たし、本当に良かったよ。
それじゃ、みんなこの辺でお別れだ。又、何処かで会おうね!さよならニャー、ゴロニャーゴ!

(法林寺)
おしまい
紙芝居『袋中上人と沖縄民謡エイサー』(その5)

‥そして三年が経ったニャー。
琉球の人たちに惜しまれながら、袋中上人は(日本)本土に帰る事になった。
〜〜〜
その後、琉球王国は大きな変化があったニャ。
それは九州の薩摩藩(今の鹿児島県)が、琉球国に突然、武力制圧を掛けて来たんだ。
それに対して、琉球王国は争わず降伏。
そして琉球国は、薩摩藩の支配下に入ったんだ。‥つまり琉球は、これで正式に日本国の一つに入ったんだニャー。
‥きっと琉球王は、(師であった)袋中上人からの『戦争という争いからは何も生まれない。平和が一番大事』という、仏教の教えを身をもって受けられ、実践されたのだろうと思うけどニャ〜、知らんけどニャ。
そして琉球王は、日本を治める徳川将軍に挨拶をする為に江戸に向かい、その帰りに京都に立ち寄られた。
そこで、袋中上人と涙の再開をするんだニャ〜。
お互い懐かしく、嬉しかったに違いない。
僕も思わずもらい泣きしたニャ〜。
この後、袋中上人のお寺『檀王(だんおう)法林寺』と琉球国との交流はずっと続いて行く事になるんだニャー。
‥さぁ、そろそろこのお話もおしまいに近づいてきたニャ。つづく
紙芝居『袋中上人と沖縄民謡エイサー』(その4)

こうして、袋中(たいちゅう)上人は説明されたニャー。
「‥たとえば、苦しい事や悲しい事が起こった時、ナムアミダブツと念仏を称えると、阿弥陀(アミダ)仏という仏様が助けに来て下さるのです。
すべて、阿弥陀仏にお任せするのです。
ご先祖様も私たちもすべて助けて下さいます。
その為の修行などは何一つ入りません。
‥その有り難い阿弥陀仏に我々は感謝して、喜びや悲しみもすべて身体全体で表現して、仏様やご先祖様の為に、踊る事が良い事だと私は思っております。
‥このように・・、」と言って、袋中上人は王様達の前で、ご自分の故郷で行なっていた[(ジャンガラという)念仏踊り]を太鼓を出され叩き、舞い始めたのだニャー。
その念仏踊りを見られ、日頃から悩みの多かった王様は救われたような気がされたんだニャー。
そしていつの間にか、ご自分も踊っておられた。
やがて、それを見られた妻や家来たちも、踊りに参加されたんだニャー。
本当にみんな楽しそうだった。
もちろん、僕も踊ったニャー。
その時。誰かが『みんな集まれ!』という意味の掛け声『エイサー!』と声を掛けたり、『よいしょ!』や『それっ!』というお囃子の意味の『イヤーサーサー!』と声を上げたりして、大変盛り上がった。
これが後の『沖縄民謡エイサー』になっていくのだニャー!‥知らんけどニャー。いや、そういう説が多いのだニャー。
そして、王様は袋中上人の心の弟子になられ、和尚人の為に[桂林(けいりん)寺]というお寺を建てられたんだニャー。つづく
紙芝居『袋中上人と沖縄民謡エイサー』(その3)

「おい、クロ。寝てばかりじゃダメだぞ。もう陸地に着いたぞ!」
「ハァ〜イ、えっ⁈もう明国に着いたのですか?」
「そんな顔するなよ。違うよ。ここは琉球国(沖縄)だよ。・・残念ながら、明国には入れなかったんだよ。」
「えっ⁈どうして?」
「それはね、かつて我国は、豊臣秀吉公が朝鮮・明国と戦争をした為に、彼の国は怖がってまだ我が国の船を明の港に入れてくれなかったんだよ。・・本当に残念だよ。」
「じゃあ、これからどうするニャ?諦めて我が国に帰るかニャ‥。」
「うーん、どうしようかと迷っているんだ?‥だが、これも考えてみれば、仏様のお導きかもしれない。一つ琉球国で仏様の教えを説いてみようかなと?‥今そう思っているんだ。」
こうして、袋中さまはご縁を頼り琉球国の王さま(尚寧王(しょうねいおう)に拝謁する事が出来たんだよ。
そして、琉球国の王様の居られる首里城に案内されたのさぁ。ゴロニャーゴ。凄いニャ!
王様は言われたニャー。
「袋中上人とやら、我はこの国の王.[尚寧]じゃ。よく、広大な海を越えて参った。
明国に行けなかったのは残念じゃが、どうじゃ、わしに仏教という教えをわかりやすく教えてくれぬか?‥そもそも、仏教とはどのような教えなのじゃ。この国でも役に立つのか?‥和尚の知る、仏教を教えてくれんか。」
「‥はい、わかりました王様。私が学んだ『念仏』という仏様の教えをお話し致しましょう。」つづくにゃ。
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